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RAU DEF【ラッパー解説】ZEEBRAと和解し再始動した問題児。業界から煙たがられた日本語ラップ界のジョーカー

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今回は2000年代後半から2010年あたりにかけて「とんでもない若手が現れた」とシーン内でも騒がれたニューカマー、そこから色々とあり一時はシーンから影を潜めていた彼RAU DEFさん(ラウデフ・以下敬称略)の紹介をさせていただきます。

居場所を失ってから地元の先輩であるSKY-HI(AAA日高光啓)のバックアップにより活動再開、本格再始動したかつての問題児である彼ラウデフの魅力を今回は解説させていただきます。

 

 

20才前後で台頭するのは珍しかった当時

現在は『高校生ラップ選手権』の存在やバトルブームによるその他のバトルイベントの増加、ネットの更なる普及で若手にとってチャンスが増えた事で10代から注目されるラッパーは珍しくなくなってきました。

しかし2000年代末期あたりは10代やハタチあたりの若さでシーンの前線に立っているラッパーはほとんどおらず、さらにこの時代は『日本語ラップ氷河期』とも言われていて音源の売り上げも低迷期、MCバトルも現在と違って注目度は全然低い時代です。

そんな中、ラップがあまりに上手すぎてシーンが注目せざる負えない存在になっていたのがこのRAUDEFです。ラウデフはこの時弱冠19才か20才、繰り返しますがこの若さでここまで注目されるのは当時異例でした。

 

 

突然ZEEBRAに噛みついた

勢いをそのままに2010年に入りリリースしたファーストアルバムも好調の売れ行きで快進撃を続けていたRAUDEFですが、その勢いは留まる事を知らずなんと日本語ラップ界の大ボスZEEBRAに突然ディス曲を発表します。

自信のツイッターで「宣戦布告」のメッセージと共にディス曲『KILLIN EM!』を発表します。これまでもZEEBRAは様々な若手からディスを受けているものの彼がアンサーを返すことは滅多にありませんでした。

 

しかしこの時はなんとZEEBRAが反応するという事態になり彼も自身のツイッターですぐさま(1日か2日で)アンサーソング『Die By the beef』を発表し一気にビーフが過熱。

ラウデフはこの曲に対し『Trap Or Die』を発表し反撃、ジブラは前回の曲の発表後に「もしもう一回返されても返さない」と添えていたので両者の戦いはここで幕を閉じるのですがこの一件でRAUDEFの知名度はさらに上がりました。

 

この一件はハッキリ言ってRAUDEFはZEEBRAが嫌いで批判したというよりは『売名』の側面が強い感じがしました。実際にこのビーフでRAYDEFの評価は上がった雰囲気がファンにはありましたし(当事者達は違った・後述)、何よりZEEBRAがアンサーしたのが大きかったです。

大御所から反応があるというのはある意味『認められている』とも取れ、RAUDEFの実力が本物であるからこそZEEBRAも無視できなかったという面もあると思います。

 

ダサかったらシカトされて終わり、自信の評価を大きく下げる事にも繋がりますし、HIPHOPも血の気が多いジャンルですのでその他いろいろと揉め後に発展する可能性もあってディスというのはかなりリスクがある行動です。

この辺のHIPHOPのBEEF(ビーフ・揉め事)に関してはまた個別記事を書こうと思います。

 

 

業界から煙たがられた『ラップ界のジョーカー』

前述の通り活動にどんどん勢いを増していったRAUDEFはこの頃、当時ラッパー兼トラックメイカーとして活躍し始めていたPUNPEEもいる『SUMMIT』というレーベルに所属していました。

同レーベルから発売されたセカンドアルバムの出来もよく、ファンからみるとかなり順調なキャリアに見えましたが先のZEEBRAとの一件も含めレーベル内で色々とイザコザがあり彼はSUMMITを脱退します。

 

そこからRAUDEF・ QN・ RICKの3人でMUTANTAINERSというグループを発足しますがこれも各人同士が上手く噛み合わずにすぐに解散、この辺から彼のキャリアにやや足止めがかかり始めます。

この辺から急に彼の名前をシーンで聞く事が減ってきた気がします。ファンには水面下の出来事があまり伝わっていなかったので自分も「あれ、ラウデフ最近どした?」みたいになってました。

本人は当時を振り返って「当時はどこに行っても悪評だらけでホントに煙たい顔された」と語っていますが、この頃は人間関係含め色々と活動が手詰まり状態にあった様です。

 

 

救いの手を差し伸べたのはSKI-HI

【SKY-HIの解説はコチラ】

 

自分の居場所がなくなってしまったRAUDEFは地元の先輩であるSKI-HY(AAA日高光啓)に相談「もう地元の先輩に頼るしかなくなりSKY-HIさんに『こういう状況なのでリリースを手伝ってください』と頼みました」と話しています。

 

SKY-HIは「彼の様なとにかくラップが上手い、といったフィジカルでの魅力があるラッパーはシーンにいるべきだと思う。そして俺の先輩としての一番の仕事はZEEBRAとの確執を取り除く事」とラジオでも当時の事を話していました。

実際彼は若手発掘のための自身のレーベル『BULLMOOSE』に彼を所属させ、RAUDEF復活のためのバックアップに尽力し彼を見事シーンに復帰させます。

 

さらにはZEEBRAとの仲をを取り持ちジブラのヒットソング『Supertech』のカヴァー曲 『HYPATECH』をRAUDEF名義でリリースさせることを実現。事実上の手打ち役として2人の和解を本当に実現させました。

 

日高さんアンタスゲーなオイ!!!何やっても成功する人ってこういう人なんでしょーね・・・つーかさ・・・イケメンで努力家で人徳者とかさ

アンタのカッコ悪いとこって何があんの?

 

部屋で1人でもケツとか掻かないだろ君?

こっそりエロ本とか読んだ事ねーだろ?

うんこしても匂わないんだろ?

ったくなんなんだよクソが・・・天は二物を与えずじゃないのかよ・・・あ、すいませんつい取り乱してしまいました。とにかくSKY-HIはカッコイイ男だという事です。

 

 

本格再始動のRAUDEFをチェック


彼の曲紹介は2人の和解が証明された歴史的な曲『HYPATECH』にしようと思います。2017年9月27年に発売されたアルバム『UNISEX』も要チェックです。ラップまじ上手いんで是非彼を聞いてみて下さい。

 

他にもたくさんのラッパーを語らせてもらってます。良かったらこちらから覗いてやって下さい。ラッパー解説 カテゴリーの記事一覧